コルドバ

2010.01.31(16:20)
よろしければ、まず音楽をスタートしてからお読みくださいませ。


ロドリーゴ:アランフェス協奏曲、武満徹:夢の縁へ、アーノルド:ギター協奏曲

アランフェス協奏曲はスペインの作曲家ホアキン・ロドリーゴの作曲したクラシック・ギター協奏曲。
アランフェスはマドリードの南のほうにあります。コルドバからはちょっと離れてはいますが、この哀愁の漂うメロディーは、歴史上、いろいろな民族に支配されてきたコルドバを語るのにもよいかなと思いました。

さて、本題に入ります。

コルドバは古ローマ時代から栄え、当時建設されたローマ橋などが現在も残っています。
もちろん、この橋は何度も改築されましたが、当時の形を今も残しています。
ローマ帝国の勢力がここスペインまでも及んでいたことを、これらのローマ時代の遺跡を見ながら実感することができます。

また、その後のイスラム支配時代の建築物もたくさん残っており、歴史を通じてさまざまな異文化の影響を受けてきたスペインの過去を街自体が今に伝えています。

なかでも旧市街地にあるメスキータはもともとカトリック教会であったものがイスラム支配下でモスク(礼拝堂)となり、レコンキスタ終了後、再度カトリックの大聖堂となったもので、このコルドバの歴史の象徴でもあります。

コルドバ4


かつて、イスラムのモスクであったため、イスラム様式の建築とカトリックの教会の内装が融合した、大変興味深い建築物です。

コルドバ1


「円柱の森」と呼ばれる数々の大理石の柱は、モスク時代856本もあったそうです。またそれらの柱が支える赤のレンガと白の石で作られたアーチは色のコントラストがとてもきれいです。

コルドバ3


もう一つの見所はカトリック両王のアルカサルと呼ばれるお城です。レコンキスタを指揮していたイザベル女王とフェルディナンド2世が要塞として利用していたことで有名です。

建築にはイスラム様式がたくさん取り入れられていますが、実際にこのお城が建築されたのはコルドバがレコンキスタによってスペイン人の手に渡った後のことです。

コルドバは1236年にスペイン人の手に渡っています。グラナダが陥落したのは1492年。
グラナダからそう遠くないこの地コルドバに要塞を構えてスペインのキリスト教徒がレコンキスタを続けたのもうなずけます。

コルドバ2


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